東京高等裁判所 昭和27年(う)4419号 判決
被告人 崔一夫
〔抄 録〕
論旨第一点について。
酒税法違反事件の公訴を提起するには、国税犯則取締法による収税官吏の告発を要すること所論の通りである。しこうして国税犯則取締法第一条は、収税官吏は国税に関する犯則事件を調査するため必要あるときは、犯則嫌疑者若しくは参考人に対し質問することができる旨を規定し、同法第十条は、収税官吏が質問したときは、顛末書を作成すべきことを規定し、この顛末書は刑事訴訟法上証拠として使用されることがあるのであるが、憲法第三十八条第一項は何人も自己に不利益な供述を強要されないといういわゆる黙秘権があることを保障しているもので、如何なる国家機関の質問に際しても、質問を受ける者に必ずあらかじめ黙秘権の存在することを告知し理解させなければならないことを規定したものではなく、かかる告知義務の存否は、その質問手続の捜査過程における段階、竝に性質内容の軽重難易に即し適宜法令を以て規定するところに委ねる趣旨であると解するを相当とするのである。従つて国税犯則取締法には、所論のように収税官吏が犯則事件調査のための質問に先立つて黙秘権の存在を告知すべき旨の規定はないけれども、これは同法による犯則事件の調査は通常の犯罪調査手続からみれば、一種の準備的手続であるに過ぎないものとみて、同法に右告知規定を設けなかつたものと解せられるのであるから、その規定がないことの故に当然同法が憲法第三十八条第一項に違反する無効のものということはできない。しからば、同法が違憲無効であることを前提として、被告人に対する本件酒税法違反事件の告発が無効であることを主張する論旨は理由がない。